16年前、沖野真舟島で島民全員が一夜にして虐殺されるという事件が発生した。この事件は政府によって隠蔽され闇に葬られたが、実はこのとき、二人の少年がひそかに難を逃れていたのだった。成長した少年、賀来裕太郎(山田孝之)は神父として神に仕え、過去の忌まわしい記憶を克服しようと苦しんでいた。もう一人の少年、結城美智雄(玉木宏)はエリート銀行マンとしての道を歩みつつ、島が滅んだ原因を究明し、関係者たちに復讐すべく恐るべき犯罪に手を染めているのだった。その度に、賀来は結城の犯罪を止めようとするものの、彼に翻弄され、地獄へと引きずりこまれていくのだった・・・。
今年は手塚治虫生誕80周年。それにあわせていくつかの企画が動いていて、秋にはハリウッドで製作された鉄腕アトムのCGアニメの公開も予定されていますが、そんな生誕80周年企画のトップを飾るのが本作「MW -ムウ-」です。 手塚治虫といえば、「ブラック・ジャック」「ジャングル大帝」「火の鳥」「鉄腕アトム」など、ヒューマンな内容の作品や、人類の未来への希望を描いた作品などを思い浮かべる方も多いと思いますが、こういった作品と同じくらい人間の闇に迫る作品も多く書き残しています。その中でも一番闇の奥深くに切り込んだといえるのがこの作品なのです。
玉木宏は原作に描かれている結城美智雄に頬のこけた感じなど、見た目が非常によく似ており、ぴったりのキャスティングではないでしょうか。今までにない存在感で悪役を演じており、新境地を開拓したといえると思います。ただ、原作で描かれていた同性愛というか、目的のためなら性別や年齢、美醜に関係なく誰とでも寝てしまう設定がばっさりカットされており、結城のもつ性別を超越した怪しさがなくなってしまい、やや魅力に欠けているように思えるのが残念。
結城のキャラ設定が変更になったことで、山田孝之演じる賀来神父のキャラクターがやや説得力の弱いものになってしまったような気がするのも残念。劇中では、命の恩人である結城に複雑な思いを抱き、彼の犯罪に手を貸してしまうという設定でしたが、果たして命の恩人だからといって、人の命が奪われるかもしれない犯罪に加担するものかどうか。個人的は、ちょっと動機としては弱いのではないかと思ってしまいます。それに対し原作では、結城より10歳近く年上で、幼少時の結城を襲い、彼を同性愛に目覚めさせる張本人。神父になってから自らの過去の好意を悔いるものの、結城の体に溺れ、彼の犯罪を黙認してしまうという設定。しかしこの方が、賀来という男の人間としての弱さ、愚かさがよく出ているように思うんですよね。
ストーリーの端折りかたは、まあ妥当かなという印象ですが、邦画にありがちなメリハリのない展開が気になります。設定変更はともかく、各キャラクターを演じる役者たちはいい仕事をしていると思いますし、冒頭のタイでのロケシーンなどは迫力があり、かなり楽しめました。原作を読んでいなければもう少し満足できたのかもしれませんが、手塚作品の持つ深遠さを体験してしまった後では、かなり物足りない感じがしてしまう作品のように思いました。
主題歌 flumpool 「MW 〜Dear Mr. & Ms. ピカレスク〜」
原作および関連書籍、主題歌
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